函館の高田屋嘉兵衛
道南の中心都市の函館市は、江戸時代後期の商人の高田屋嘉兵衛が作ったと言われています。高田屋嘉兵衛は明和6年(1769)に淡路島で生まれ、28歳の時に当時は箱館と書き表されていたこの地に来ました。その後、箱館を高田屋の商売の中心地と定め、店や倉庫、造船所などを次々と建築して箱館の基礎を築いたほか、国後島や択捉島の漁場の開発にも力を注ぎました。
また、ゴロウニン事件と呼ばれる日露間の国際問題の解決の中心的な役割を果たしました。 箱館山の麓に、山を背負うように高田屋嘉兵衛の象が立っています。この象はゴロウニン事件の時に、ロシア軍艦ディアナ号が箱館に入港してきたときに立ち会った嘉兵衛の姿です。右手に松前奉行からの諭書、左手に衣装を持っています。服装は仙台平の袴に白足袋、麻裏草履です。帯刀しています。 |