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立待岬は断崖絶壁に囲まれていて、岬の展望台からは函館山が海に落ち込んでいる様を見ることが出来ます。立待岬を含む函館山は第二次大戦が終わるまで海軍の要塞だったので、一般の市民が立ち入ることは出来ませんでした。市内からはわずかな登り勾配がありますが、体力的にはきつくありませんが、岬の入り口付近、石川啄木一族の墓が有る前後だけは、やや勾配がきつくなっています。
立待岬から見た函館山の海岸
立待岬の展望台から見た函館山と海岸の崖です。
立待岬から見た函館市街
立待岬の入り口付近の高台からが、函館の市街を一番よく見ることが出来ます。
石川啄木一族の墓
岩手県生まれの明治期の歌人の石川啄木は、東京や北海道の各地を転々としていましたが、この函館にも明治40年5月から9月まで住んでいました。石川啄木は明治45年4月に東京で亡くなりましたが、大正2年に妻節子の希望で函館に移されました。大正15年8月に歌人で義弟の宮崎郁雨や当時の函館図書館館長の岡田健蔵の手で立待岬に墓が建てられました。啄木と妻節子や3人の愛児、両親が眠っています。
与謝野鉄幹・晶子の歌碑
与謝野鉄幹・晶子夫妻は昭和6年に函館を訪れました。このときに詠まれた歌が歌碑となっています。歌碑は、昭和31年に函館図書館の創設者であり館長でもあった岡田健蔵の13回忌が行われ、翌年、岡田健蔵を顕彰する意味を込めて建てられました。(※立待岬に建つ歌碑の解説文には「与謝野鉄幹」ではなく与謝野寛の名が使われています。)
立待岬の地図
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