勝連城
勝連城は太平洋に与勝半島の付け根の丘の上にあります。要害の良さを感じさせる鋭い傾斜を持った丘の上の城郭は、今帰仁城とともに首里王府に対して最後まで独立を保った自尊心の高さを感じます。
勝連城の城主は伝承では10代続いています。最後の城主の阿麻和利は、9代の城主の茂知附(もちづき)の暴政にクーデターを起こして城主となりました。
勝連城の最盛期はこの阿麻和利のよってもたらされました。高価な磁器の破片が出土していることから、首里王府に匹敵するほどの交易国となっていたといわれています。
阿麻和利は護佐丸を謀略で滅ぼしましたが、やがて自身も首里王府軍に攻められて、1458年に滅ぼされました。阿麻和利には天下統一の野心があったので首里に攻め上って返り討ちにあったとも、有力な按司であったので基盤のまだかたまっていない首里王府が政権安定のために謀略をしかけ、それにはまってしまって滅んだとも言われています。
最後の城主の阿麻和利の伝説と相まって、わたしの好きな城跡の一つです。 |