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主郭(本丸)
13世紀末から14世紀前半 主郭は、今帰仁城が築城されたときに岩山の頂上を平らにして築かれました。このとき建てられた館は掘立柱の建物でした。
14世紀中期 その後、掘立柱の建物に変わり礎石立ての正殿が建てられ、今帰仁城も城(グスク)としての形を整えて行きました。
14世紀後半から15世紀前期 今帰仁城が最も栄えた時期、主郭は拡大されて現在見られる面積となりました。中国から輸入した陶磁器が大量に出土して、貿易が活発に行われ、経済力も高かったことがわかります。
15世紀前半から17世紀前期 今帰仁城を拠点とする北山が首里王府に滅ぼされましたが、城は北山の領土を支配する拠点として利用されました。首里王府より監守が派遣されました。座喜味城や中城城を築いた護佐丸も監守の一人でした。 1609年の薩摩侵入によって今帰仁城は炎上し、城としての歴史は幕が降りましたが、御嶽として清心のよりどころとして広く尊崇を集めていて、参拝者が絶えません。
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