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咸臨丸、出航の地
ペリー提督の来航の7年後、日米修好通商条約批准書交換のために新見豊前守正興を代表とした使節団が、アメリカ軍艦ポーハタン号に乗船してワシントンに出発しました。
この使節団の護衛を目的に、幕府は軍艦咸臨を派遣しました。司令官は木村摂津守(芥舟)、艦長は勝麟太郎(海舟)、木村の従者の名目で福沢諭吉が乗り込んでいました。日本人の手だけで太平洋を横断したといわれています。
幕末維新の動乱を乗り越えた咸臨丸は、運送船として北海道の開拓物資や人員の輸送に当たっていましたが、あるとき時化に遭い津軽海峡に沈みました。現在、津軽海峡の北海道の岸で静かに眠っています。 咸臨丸の終焉の地 http://www.cyclingtalk.net/touring/sight/427.html
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